僕は二つの世界に住んでいる

現代社会と科学の空白に迷い込んだ人物を辿るブログ。故人の墓碑銘となれば幸いです。

オウム真理教VX殺害事件の実行犯・ガル

今回のエントリーでは、

 オウム真理教のVX事件(駐車場経営者・会社員殺害・オウム真理教被害者の会会長)時に、実行犯であった「ガル」がどんな人物であったかについて書いていきます。

「ガル」はすでに刑期を終えて出所しています。

 実名は、書籍などによってはそのまま出ています。

私は事件当時から実名は知っていました。ホーリーネームは知りませんでしたが。

小林よしのりゴーマニズム宣言』を読んでいたからです。

小林よしのり氏もまた、坂本弁護士事件とプルシャの関係を漫画に描いたために、オウム真理教から殺されそうになった一人でした。彼をVXで殺害しようとしたのが、ガルであったのです。

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ゴーマニズム宣言9 (幻冬舎文庫)

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ガルが、どのような人間であったのかということは、元自衛官であったという以外は、当時知りませんでした。

江川紹子『「オウム真理教」裁判傍聴記1」には、ガルの第三回被告人質問での様子が記載されています。

 

「オウム真理教」裁判傍聴記 1 (文春e-book)
 

 ガルは、高卒後陸上自衛隊に入隊し、三年で除隊後、警備会社で働いていました。

オウム真理教と出会ったのは、自衛隊を辞めた1987年頃なので、古参信徒でもありました。高校時代から仏教やヨーガに興味があったので、修行してみたいと、軽い気持ちで入信したとのことです。

彼は二度脱走をしています。

一度目は、出家後配属された建築班での過酷な労働に耐えかねてです。

上九一色村サティアン建設作業では一日15時間労働で休日もなく、作業中に転落して骨折しても配慮がないことなどが積み重なり、逃走をしたら、駅でオウムの上司につかまり、説得されて戻りました。

二度目は、1993年10月、深夜オウム施設を抜け出し、関西の実家に戻りました。

「亀戸の異臭事件の前に、何か特殊なプラント装置の組み立てをさせられましたが、幹部は目的を説明してくれない。訳の分からないワークに関与させられていることに疑問を持った」とのことです。

教団は実家に来るかもしれない、と感じた彼は、その前に自分で上京し、都内の警備会社に就職しました。オウム真理教は、何と都内の警備会社に勤めているガルを探し出し、連れ戻しに来たのでした。

亀戸道場に連れてこられ、そこには麻原がいました。

ガルは直接麻原に「教団に戻る気はありません。ガードマンのような仕事をします」と訣別宣言をしたのですが、麻原は彼に対して

「それなら、教団でそういう仕事をやればいいじゃないか。教団の関連会社の社員ということで給料だしてやる」といい、月50万円の給料を提示され、

 さらに以前ガルが麻原に提出していたテロ対策の報告書の内容を知っているらしく、「お前が考えるようにやってみたらどうか」と言ったという。

麻原は脱会信徒の一人であったガルを責めず、社員になってくれといい、テロ対策などの能力を買っているという姿勢を見せてくれた・・・。

 ガルにとっては、報告書を当時上司であった早川紀代秀さんに見せたら

「下っ端のお前が出過ぎている」と𠮟りつけられたのに、麻原は自分の能力を買ってくれていることが嬉しかったのだろうと思います。

麻原は、人によって硬軟使い分けるのが上手い人物だったのです。

ガルは、出家扱いはしない約束で教団に戻りましたが、それはなし崩し的に反故にされ、元自衛官や武道経験者の信徒たちにトレーニングするワークをしていましたが、

省庁制発足によって、彼らは自動的に新實智光をトップとする自治省に配属させられ、ガルは麻原専属のボディガードとなりました。この時に「ガル・アニーカッタ・ムッタ」(グルを守る男)というホーリーネームを与えられたのでした。

 その後、ガルは、仲のいい信徒から、逆さづりや熱湯に漬けられたりして亡くなっている信徒がいることを教えられたり、自身も記憶を失って赤ん坊のようになってしまった女性信徒を直接見ていました。

 教団は給料を出すといったのに反故にするし、逃げればまた追われることも体験的にわかっている。結局ズルズルと教団に居続けるしかなかったのでした。

そんな中で、1994年11月26日、駐車場経営者VX襲撃事件(1回目)の実行犯となってしまいます。井上嘉浩の部下から呼び出されて行った先が、駐車場経営者の家だったのでした。

そこには、井上嘉浩、新實智光、中川智正がいて、「教団の秘密を握った人物を倒す手伝いをしてほしい」「危険なものだから取り扱いに注意するように」とだけ言われて

注射器を手渡されました。

この中にはVXが入っていたのですが、ガルは「青酸化合物か農薬の原液が入っている」と思っていたそうです。

ガルにとって不気味だったのは、現場での中川智正らの落ち着き払った態度でした。

「あまりに平然としていて、場慣れしている感じでした。

 かなり人を殺したりしているんだなと思い、

『自分も逆らったら殺される』とこわくなりました」

と被告人質問で証言しています。

この時のガルの立場は、井上嘉浩が失敗したときの代わりの実行役という立場でした。

井上嘉浩さんは、実行役としてよりは、現場指揮者としての能力を麻原から買われていたとは、のちに新實智光さんが証言しています。

(麻原第209回裁判、2001年10月5日)

この駐車場経営者VX襲撃事件では、VXの合成が不完全(VX塩酸塩のまま)であったため失敗に終わりましたが、その三日後にまた、中川らから「今回は効果があるはずだ」とだけ説明を受けて第二回目の襲撃の実行役をさせられます。

中川さんは医療的指示役だったから、VXが完成していることを知って、「今回は効果があるはずだ」とガルに言ったのでしょう。ガルは、前回に比べてさらっとした液が、駐車場経営者の皮膚について流れたのを見たとのこと。

この数日後、今度は大阪市内に呼び出され、会社員を襲撃することを指示されます。

ガルは「風邪で体調が悪いので、誰か代わってもらえないか」と新實智光に言ったが、「実行できるのはガルしかいない。何も考えずにやるのが尊師の意思だから」と言われたため断れなかったとのことでした。

ガルは、自分と同年の会社員男性の背後に近づいて注射器を振り上げたところ、会社員男性が「痛えー」と叫び、追いかけてきた途中で男性が倒れました。

ガルはこの時、注射器の針を直接会社員男性に刺してしまったのでした。

その後、中川智正から一言「(会社員男性は)死んだよ」と。

ガルは「自分はもう逃げられない。破れかぶれ、自暴自棄という気持ちだった」とのことです。

そして、1994年年末に、ガルは新實智光から呼び出されて、今度はオウム真理教被害者の会会長を襲撃すると伝えられます。

ガルは、その時に「永岡さんは教団内外によく知られた人で、変死すれば教団が疑われる。尊師に考え直してもらえないですか」と提言したが、新實は「何も考えずに実行するのが尊師の意思」と一点張りでした。

 

ところで、VX襲撃事件はなぜ発覚したのでしょうか。

井上嘉浩から逃走資金を渡されて、フランスに渡航し傭兵になろうとしたが、虚しくなって帰国し旅券法違反で逮捕されたガルが「教団幹部の指示で永岡さん(オウム真理教被害者の会会長)に薬物をかけた」と1995年6月19日までに自供したからです。

(「読売新聞」1995年6月20日東京朝刊)

ガルがVX事件について自供したのには、林郁夫の影響があったとのことです。

「彼は彼なりの責任の取り方をしている。そのことに感動というか、思うところがありました。」

ただ、ガルは薬物が何だかは分かってはいませんでしたが、自供したところ、

取調の刑事から「バカだなあ、そんなこと誰もしらないのに。国松警視庁長官事件を隠すために言っているのか」と勘繰られたと。

ガルが自供するまでは、オウム真理教被害者の会会長・永岡氏は警察庁から自殺未遂とされていたのでした。殺人容疑未遂で告訴しても聞いてもらえず、逆に自殺未遂と判定されてしまっていたのでした。

ガルの自供後、永岡氏の血液から農薬に使われるスミチオンという有機リン系の薬物が検出されたことや、視界が狭くなるなどサリン中毒に似た症状もあったことなどもあり、立件対象となったのでした。

VX事件は、実行犯が自供しなければ、警察の取調官からも「バカだなあ、誰もしらないのに」で済まされてしまう扱いだったかもしれませんでした。

ガルは、麻原第139回~第141回法廷に出廷し(1999年。すでに服役中)、「幹部の目的はあくまで殺害」と言い切り、自分は教団幹部(井上嘉浩・新實智光・中川智正)らに殺人の道具として使われたと証言しました。

裁判長が「(麻原に)最後に何か言っておきたいことは」と水を向けると

「幹部たちの態度にはものすごく腹が立っていた。特に新実から昇格(事件後にステージが上がった)を告げられた時は、あんなことで僕が喜ぶと思っているのかと、冒涜された気持ちだった。新実は上司だが、何も説明もなく犯行の時だけ僕を呼び出して、終わったら『ご苦労さん』だけ。幹部からみたら僕は武器の一種だったんでしょう」

松本には何を言っても無駄ですが、『あきらめろよ」と一言言っていやりたいです」と話して証言を締めくくりました。その様子に麻原は被告席でふてくされたように顔を横に向けていたのでした。

中川智正さんはVX事件について語る時、ガルについては言葉少なである感じがしました。

アンソニー・トゥ先生宛2014年7月7日付のメールでは

「VXの実行犯はガル(原文は実名)です。VX事件を自首したため、無期懲役にもなっていません。高橋克也さんもこの事件に関わっていますが、役割は実行犯ではなく、調査役や運転手です。ガルは注射器の針と針のキャップを外して、注射器から(VXを、死亡した会社員に)かけようとしたのですが、彼が外したのは注射器のキャップだけでした。必死になっていたため、ガルは気づかなかったのです。」と事件の時だけのガルを語るにとどめ、人間性については触れていません。

 

 

中川智正さんら幹部としても、ガルは自分たちの武器代わりとして使いやすかっただけの人物だったようです。

中川智正さんはVX事件現場で、VXの威力を知りながら、武器代わりの信徒に内容を説明せず注射器を使うことだけを指示していました。これは、金正男氏の暗殺時の

クアラルンプール空港のビデオには映ったものの姿を消した工作員と同じ立場だった、ということだと思います。

中川智正さんを知る上では、当時は自他ともに「直接殺人に手を下した経験のある者」であった側面をも見る必要があると思います。