僕は二つの世界に住んでいる

現代社会と科学の空白に迷い込んだ人物を辿るブログ。故人の墓碑銘となれば幸いです。

オウム真理教のVX事件

 麻原は、VXが完成すると、教団に敵対すると判断した人物を個別に殺害するために

VXを使用することを実行犯に命じました。

期間は1994年9月、ちょうどVXが完成した頃から1995年初までです。

1995年元旦の読売新聞に、オウム真理教教団施設周辺でサリン残留物が検出されたというスクープ記事が出たため、強制捜査に備えて貯蔵されていた毒物を処分したからです。被害者の会会長襲撃に使用したVXは今川アジト(杉並区)の冷蔵庫に保管したものでした。

麻原はこんな教団が混乱している中でも、オウム真理教被害者の会会長を襲撃することだけはやめなかったのでした。その執念は凄まじい・・・。

サリンの処分と被害者の会会長殺害の両方に関わったのが中川智正でした。

 

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オウム真理教の起こしたVX事件4件を表にしたのが上図です。

素人目で、この図を作りながら中川智正さんの論文(「オウム死刑囚が見た金正男氏殺害事件ーVXを素手で扱った実行犯はなぜ無事だったのか」)を読んでみると、

 

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Youtube動画を撮影するとだまして、ベトナムインドネシア女性を実行犯に仕立て上げた北朝鮮工作員らは、VXの扱いについて、オウム真理教の失敗、限界を冷静に分析し、自分たちは確実に狙いを定めてVXを用いた殺人ができるぐらいになっていたのではないかと思いました。

オウム真理教の失敗、限界は、殺害方法がワンパターンだったことです。

滝本弁護士襲撃の際に、ポマードにVXを混ぜたのは、金正男氏殺害の時にベビーオイル状の液体を塗りつける方法に近かったのですが、効果はありませんでした。

滝本弁護士のブログに写真がありました

滝本弁護士は手袋をはめていたのでVXを触れなかったというのも大きかったと思います。

その後、オウム真理教は、完成させてしまったVXを注射筒に入れて持ち運びをするという方法をとっていました。散布してしまったら一週間ほどで効果は残らなくなってしまう上、事件を起こした時期が冬であったので、VXの性質をある程度理解していた中川さんとしては心配だったかもしれません。麻原の指示通りできるかどうか。

 基本は、「ホッホ ヒュッ ホッホ」のタイミングでVXの入った注射器を相手にひっかけろというだけで、実行者は、ベトナム女性やインドネシア女性同様、VXを知らないまま、指示通り注射器を持って行動したにすぎないこととなります。

ベトナム女性やインドネシア女性と、オウム真理教の実行犯の違いは、オウム真理教の実行犯は暗殺の意図を理解していたということです。

 オウム真理教のVX事件(立件されなかった滝本弁護士の件は違うが)での指揮役は

井上嘉浩で、他に医療役が中川智正、新實智光、高橋克也(先日無期懲役判決が下される)などで、実行役は元自衛官の「ガル」(彼は2017年に刑期満了で出所しています。本名はすぐに判明しますが、以後彼を「ガル」として記します。)

指揮役の井上嘉浩は、駐車場経営者VX襲撃事件時に麻原から

これはVXの実験だ。効くかどうか判らないから駐車場経営者にVXをかけて確かめろ。実行はアーナンダ、お前がやれ。」と指示されています。VXの実験でもあり、殺人指示でもありました。その時に使われたVXは完成前の前段階である「VX塩酸塩」であったため、未遂に終わった(1994年11月27日)のですが、12月2日には完成したVXを用いて頭部を襲撃したため、駐車場経営者は痙攣をおこして入院することとなりました。

1995年1月4日、オウム真理教被害者の会会長・永岡弘行氏襲撃の際は、今川アジト(杉並区)に保管していたVXを、実行犯「ガル」が永岡氏のジャンパーに掛けたので、あとでそのジャンパーをさわった永岡氏の妻もVX中毒になったとのことでした。

 

たらればですが・・・

駐車場経営者の1回目の時点で、VXを事件現場で合成させるということを思いついていたらば・・・

ポマードとVXを混ぜるならば、目を初めから狙うことと定めてベビーオイルとVXにしてたらば・・・

もっと日本でオウム真理教による原因不明の殺害事件があったはずです。

中川智正さんとしたら、自分たちの犯罪が、自分たちが思う以上に他国では分析の対象とされていることが確かであり、北朝鮮に至っては、オウム真理教の事件を分析したうえで、さらにVXを悪用した事件を犯していることが恐ろしいと感じたと思います。

自分たちの犯した犯罪が世界レベルで学習されている、という恐ろしさを痛感していたのはオウム死刑囚・無期懲役含めて中川智正さん以外にはいなかったと思います。

指揮役の井上嘉浩さんは、VXは人にひっかければ死ぬぐらいの程度でしか理解していなかったと思います。

例えば、麻原が女性信徒と仲良く騒いでいたことに憤りを覚えて「(麻原に)VXをひっかけてやればよかった」と思ったとの供述より。

確定死刑囚になってから自分の関与した事件を中川さんのように追求できる能力や精神的ゆとりもなかったはずです。

 

中川智正さんはリチャード・ダンチック元アメリカ海軍長官からオウム真理教の犯罪は、世界においてはテロ事件の模範にされるだろうと指摘され、長官からの質問に答えてきました。

 その縁でアンソニー・トゥ先生と死刑確定直前につながり、

 確定死刑囚生活が始まってすぐに、VX事件に関与した二人が出頭したことで、彼らの裁判にも死刑囚として出廷し証言をするなど、常に自分の犯した事件については昨日のことのように思い出す機会が多かったと思います。

その裁判が終わるや、今度は金正男氏の殺害事件が起こり、マレーシア政府から国連通じて照会をうけることとなってしまいました。

 確定死刑囚生活が、かつて起こしたVX事件の研究に費やされ、ある時はVX殺人事件の実行犯の立場に、ベトナム女性やインドネシア女性にベビーオイル状の液体を塗る練習をさせる指示役の立場に自分の身を置いたりし、化学の研究をする・・・。

通常、我々が考えるような確定死刑囚生活とは質の異なるレベルで、自らの犯した事件と向き合わざるを得なかったのではないでしょうか。

よく、気が狂わなかったと思います。

確定死刑囚は、いつか必ず来る死刑執行命令まで、心身ともに平穏であるよう管理されているので、中川さんが刑務官の前では研究を中断されないよう、研究のことを考えているときでも表情にださないよう、苦労していたのではないかなと思うのです。

自分が研究し続けることが償いだと思って・・・。

 

未解決事件 オウム真理教秘録

未解決事件 オウム真理教秘録